東京地方裁判所 昭和58年(ワ)3248号 判決
原告
佐藤恵美子
右訴訟代理人弁護士
斉藤勘造
被告
小林利治
右訴訟代理人弁護士
下平征司
江守英雄
被告
株式会社レストラン西武
右代表者代表取締役
竹内敏雄
右訴訟代理人弁護士
長谷則彦
右訴訟復代理人弁護士
水石捷也
主文
一 被告小林利治は、原告に対し、二四〇四万一六二八円及び内二二五四万一六二八円に対する昭和五八年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告小林利治に対するその余の請求及び被告株式会社レストラン西武に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告小林利治との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告小林利治の負担とし、原告と被告株式会社レストラン西武との間に生じたものは原告の負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り、仮に報行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告に対し、四三五一万二九五六円及び内三九三一万二九五六円に対する昭和五八年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五五年四月一六日午後六時一〇分ころ
(二) 場所 東京都足立区梅田七丁目二五番二号先路上
(三) 加害車両 原動機付自転車(岩槻市は三〇八号)
右運転者 被告小林利治(以下「被告小林」という。)
(四) 事故態様 被告小林は、加害車両を運転して事故現場道路を千住方面から草加方面に向けて時速約三〇キロメートルで進行中、信号機により交通整理の行われている交差点に差しかかつた際、対面信号が赤色を表示していたにもかかわらずこれを看過し、同一速度で交差点内に進入したため、折りから青信号に従つて足踏式自転車に乗り横断歩道上を加害車両から見て左方から右方へ進行中の原告を直前になつて発見し急制動したが間に合わず、加害車両を同入に衝突させた(右事故を、以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
(一) 被告小林は、訴外田口幸男(以下「田口」という。)から同人所有の加害車両を借り受けて使用していたもので、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(二) 被告株式会社レストラン西武(以下「被告会社」という。)は、被告小林を雇用するものであり、本件事故は被告小林が勤務先である被告会社の経営する東京都庁内食堂から帰宅途中に起こした事故であるところ、被告小林は日頃電車で通勤していたが、本件事故当日は私鉄及び国鉄の交通ストライキが予定されていたため、前記食堂の管理職であるサブチーフコックの松尾某から事故前日出勤の依頼をうけ、他に通勤手段がなかつたことから、叔父の田口から加害車両を借り受け出勤する旨チーフコックの益子実及び前記松尾に申し出ていたもので、当日の通勤のガソリン代も被告小林が請求すれば、被告会社から支給されうるものであつた等、被告小林の加害車両による通勤は、被告会社が容認又は助長し少なくとも黙認していたもので、業務と密接に関連していたものであるから、被告会社はこれを自己のため運行の用に供していた者であり、自賠法第三条の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。
また、仮に右主張が認められないとしても、本件事故の発生につき被告小林に前記のような赤信号無視の過失があり、かつ、同被告は、被告会社の事業の執行につき本件事故を惹起したものであるから、被告会社は、民法第七一五条の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。
3 原告の受傷及び治療の経過
原告は、本件事故により頭蓋骨骨折の傷害を負い、昭和五五年四月一六日から同月一八日まで足立東部病院に入院し、同日から同年五月二〇日まで亀有病院に入院し、同月二一日から同月二四日まで(実日数三日)瀬戸病院(耳鼻科)に通院し、同月二七日から同年六月三日まで(実日数四日)日大板橋病院耳鼻科に通院し、同月六日から同年七月一六日まで同病院に入院し、同月一七日から昭和五六年四月一二日まで(隔週一回程度の割合で)同病院に通院し、同月一五日から同年五月六日まで同病院に入院し、その後も同病院に通院して治療を受けたが、治癒せず、両耳聴力喪失の症状が固定し、さらに、昭和五七年六月二二日平衡機能障害の症状が固定し、両耳の聴力を全く失い、目まい立ちくらみ等の後遺障害が残り、昭和五八年一月には自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)において、前記各後遺障害につき自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表併合第三級該当の認定を受けた。
4 損害
(一) 治療費 一九万八三一八円
前記日大板橋病院での未払い治療費である。
(二) 入院雑費 七万八四〇〇円
原告は、前記入院期間(九八日間)中、一日当たり八〇〇円を下らない雑費を支出した。
(三) 通院交通費 七万二九二四円
原告は、前記通院のため夫の自動車を利用し、ガソリン代、駐車料として右金額を支出した。
(四) 看護婦に対する謝礼品代三九〇〇円
(五) 休業損害 七一〇万三二九八円
原告は、本件事故当時、主婦のかたわら株式会社水興社に事務員として勤務していたが、本件事故により、昭和五五年四月一六日から昭和五八年二月二八日まで休業を余儀なくされた。原告は旧制高等女学校卒業の学歴を有し、昭和六年一一月二八日生まれであるから、右休業期間中、少なくとも賃金センサス女子旧中・新高卒の該当年令の平均賃金を得られたはずであり、これを基礎に原告の休業損害を算出すると、その合計額は以下のとおり七一〇万三二九八円となる。
(1) 昭和五五年の休業期間は七・五か月であるから、右期間の休業損害は、同年賃金センサス四五歳から四九歳の平均賃金である年額二二一万五四〇〇円の七・五か月分である一三八万四六二五円となる。
(2) 昭和五六年の休業期間は一年であるから、右期間の休業損害は、同年賃金センサス五〇歳から五四歳の平均賃金である年額二五六万〇六〇〇円となる。
(3) 昭和五七年の休業期間は一年であるから、右期間の休業損害は、昭和五六年賃金センサス五〇歳から五四歳の平均賃金にベースアップ分として五パーセントを加算した年額二六八万八六三〇円となる。
(4) 昭和五八年の休業期間は二か月であるから、右期間の休業損害は昭和五六年賃金センサス五〇歳から五四歳の平均賃金にベースアップ分として一〇パーセント加算した年額二八一万六六六〇円の二か月分である四六万九四四三円となる。
(六) 逸失利益 三〇五二万六一一六円
原告は、前記後遺症認定時である昭和五八年一月には満五一歳であり、満六七歳までの一六年間稼働可能であつたが、前記後遺障害により一〇〇パーセント労働能力を喪失したから、前記昭和五八年の賃金二八一万六六六〇円を基礎に、ライプニッツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、原告の前記後遺症認定時における逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、三〇五二万六一一六円となる。
2,816,660×10.8377=30,526,116
(七) 慰謝料 一七〇〇万円
本件事故態様、原告の前記受傷の内容・程度・入通院の経過及び前記後遺障害の内容・程度等の諸事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰謝料としては、傷害分として二〇〇万円、後遺障害分として一五〇〇万円が相当である。
(八) 損害のてん補
原告は、本件事故による損害賠償として、自賠責保険から一五六七万円を受領した。
したがつて、前記(一)から(七)まで損害合計五四九八万二九五六円から右受領額を差し引くと、残額は三九三一万二九五六円となる。
(九) 弁護士費用 四二〇万円
原告は、原告訴訟代理人に本訴の提起・追行を委仕したが、右弁護士費用としては四二〇万円が相当である。
5 結論
よつて、原告は、被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償として四三五一万二九五六円及び内弁護士費用を除く三九三一万二九五六円に対する本件事故の日の後である昭和五八年四月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(被告小林)
1 請求原因1の事実のうち、(一)ないし(三)の事実は認め、(四)の事実は否認する。
2 同2(一)の事実のうち、被告小林が田口から同人所有の加害車両を借り受けて使用していたことは認め、その余は否認ないし争う。
3 同3の事実のうち、原告が本件事故により傷害を負つたことは認め、その余は不知。
4 同4の事実は不知ないし争う。
5 同5の主張は争う。
(被告会社)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(二)の事実のうち、被告会社が本件事故当時被告小林を雇用していたこと、本件事故は被告小林が勤務先である被告会社の経営する東京都庁内食堂から帰宅途中に起こした事故であること及び被告小林は日頃電車で通勤していたが、本件事故当日は私鉄及び国鉄の交通ストライキが予定されていたため田口から加害車両を借り受け出勤したことは認め、その余は否認ないし争う。
被告小林は、前記食堂においてコックとして洋食の調理を担当していたものであるから、その担当職務に関して自動車の運転に従事することはなかつたが、本件事故当日鉄道のストライキが予定されていたため、加害車両を通退勤に臨時に利用する目的で田口より個人的に借り受けて使用したものであつて、被告会社が加害車両をその業務に使用したこともなく、また被告会社は被告小林に本件事故当日出勤の業務命令を出したり、私用車を運転しての通勤を指示したこともなく、被告小林の判断によつて当日限り加害車両を通勤に利用したものであつて、本件加害車両の運転は被告会社の業務と何ら関連性がないから、仮に被告会社が当日の私用車による通勤を容認していたとしても、運行供用者責任は負ういわれはない。
3 同3及び4の事実は不知。
4 同5の主張は争う。
第三 証拠関係〈省略〉
理由
第一被告小林に対する請求について
一請求原因1(事故の発生)の事実のうち、(一)日時、(二)場所、(三)加害車両の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告小林が加害車両を運転して事故現場道路を千住方面から草加方面に向けて時速約三〇キロメートルで進行中、信号機により交通整理の行われている交差点に差しかかつた際、対面信号が赤色を表示していたにもかかわらずこれを看過し、同一速度で交差点内に進入したため、折りから青信号に従つて足踏式自転車に乗り横断歩道上を加害車両から見て左方から右方へ進行中の原告を直前になつて発見し急制動したが間に合わず、加害車両を同人に衝突させて転倒させたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二請求原因2(一)(被告小林の責任)の事実のうち、被告小林が田口から同人所有の加害車両を借り受け使用していたことは当事者間に争いがないから、他に特段の事情の認められない本件においては、被告小林が加害車両を自己のため運行の用に供していた者と認めるのが相当である。したがつて、被告小林は、自賠法第三条の規定に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任があるものといわざるをえない。
三そこで、原告の受傷及び治療の経過について判断する。
〈証拠〉によれば、原告は本件事故により頭蓋骨骨折の傷害を負い、昭和五五年四月一六日から同月一八日まで(三日間)足立東部病院に入院し、同日から同年五月二〇日まで(三三日間)謙仁会亀有病院に入院し、同月二一日から同月二四日まで(実日数一日)同病院に通院し、更に三日程瀬戸病院に通院し、同月二七日から同年六月五日まで、同年七月一七日から昭和五六年四月一四日まで及び同年五月七日から同年八月一九日まで(実日数計三二日)日大板橋病院耳鼻咽喉料に通院し、昭和五五年六月六日から同年七月一六日まで及び昭和五六年四月一五日から同年五月六日まで(計六三日間)同病院に入院して治療を受けたが、治癒せず、昭和五六年八月一九日両耳高度難聴の症状が固定し、更に昭和五七年六月二二日平衡機能障害の症状が固定し、自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表第四級第三号、第一二級第一二号により併合第三級に該当する後遺障害が残つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
四更に進んで原告の損害について判断する。
1 治療費 一九万八三一八円
〈証拠〉によれば、原告は、本件事故による治療費として少なくとも一九万八三一八円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 入院雑費 七万八四〇〇円
〈証拠)によれば、原告は本件事故により合計九八日間入院し、右入院期間中一日あたり八〇〇円を下らない金額の雑費を支出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 通院交通費 七万二九二四円
〈証拠〉によれば、原告は、本件事故による通院のため夫である佐藤忠佐運転の自動車、タクシーまたは電車を利用し、そのガソリン代、駐車料、タクシー代及び運賃等として、少なくとも合計七万二九二四円を要したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 看護婦に対する謝礼品代三九〇〇円
〈証拠〉によれば、原告は看護婦に対する謝礼として少なくとも三九〇〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
5 休業損害 四二二万五七七一円
〈証拠〉によれば、原告は本件事故当時、主婦のかたわら株式会社水興社に事務員として勤務していたが、本件事故により本件事故当日から昭和五五年七月三一日まで休業を余儀なくされ、もはや通勤及び就労が不可能なことから同日付で右会社を退職したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、原告は、昭和五五年四月一六日から平衡機能障害の症状固定日である昭和五七年六月二二日まで各年度の賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の女子労働者の全年齢平均賃金に相当する金額の休業損害を被つたものというべきであるから、これを合計すると次の計算式のとおり四二二万五七七一円(一円未満切捨)となる。
6 逸失利益 一九〇三万二三一五円
〈証拠〉を総合すると、原告は昭和六年一一月二八日生まれで症状固定時である昭和五七年六月二二日において満五〇歳であること、原告は、前示の後遺障害のため、両耳ともほとんど聞こえず、補聴器を使用しても十分には人語を解することができないうえ、歩行時に身体のふらつきがあるため、就職することができず、また家事についても、夕食の仕度や洗濯等を一人で行なうことができる程度で、その他の家事は十分できない状況にあることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、原告は、その後遺障害によつて労働能力を八〇パーセント喪失したものと認めるのが相当であり、本件事故がなければ満六七歳に至るまで一七年間就労が可能であり、その間昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計女子労働者全年齢平均賃金と同額の収入を少なくとも得られたはずであるから、右金額を基礎にライプニッツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は一九〇三万二三一五円(一円未満切捨)となる。
2.110.200×0.8×11.274=19,032,315
7 慰藉料 一四六〇万円
前記認定にかかる本件事故の態様、原告の受傷の部位・程度、入通院の経過、後遺障害の内容・程度その他諸般の事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰籍料としては、一四六〇万円が相当である。
8 損害のてん補 一五六七万円
以上の原告の損害額は合計三八二一万一六二八円となるところ、原告が自賠責保険から一五六七万円の支払を受けたことは原告の自認するところであるから、これを控除すると、残額は二二五四万一六二八円となる。
9 弁護士費用 一五〇万円
〈証拠〉によれば、原告は、被告小林から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用を支払つたほか、報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の内容、難易、審理の経過及び前示認容額に照らすと、原告が被告小林に対し、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、一五〇万円と認めるのが相当である。
五以上によれば、原告の被告小林に対する請求は本件事故に基づく損害賠償として、二四〇四万一六二八円及びそのうち弁護士費用を除く二二五四万一六二八円に対する本件事故の日ののちである昭和五八年四月一二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるというべきである。
第二被告会社に対する請求について
一請求原因1の事実及び同2(二)の事実のうち、被告会社が本件事故当時被告小林を雇用していたこと、本件事故は被告小林がその勤務先である被告会社の経営する東京都庁内食堂から帰宅途中に起こした事故であること、及び被告小林は日頃電車で通勤していたが、本件事故当日は私鉄及び国鉄の交通ストライキが予定されていたため田口から加害車両を借り受け出勤したことはいずれも当事者間に争いがない。
二1 ところで、〈証拠〉によれば、
(一) 被告小林は、昭和五三年に高等学校を卒業して、その四月に被告会社に入社し、埼玉県吉川町にあるT・B・Sゴルフ内の食堂でウエイターとして勤めた後、有楽町にある東京都庁内の第一食堂(以下「本件食堂」という。)においてコックの見習として勤務していたこと、被告小林は、右T・B・Sゴルフ内の食堂に勤めていた時は右食堂が交通の不便な所にあったためいわゆるマイカー通勤をしていたが、本件食堂に勤めるようになつてからは通常肩書住所地にある埼玉県岩槻市内の自宅から岩槻駅まで徒歩で行き、岩槻から大宮までは東武野田線を利用し、大宮から有楽町までは国電を利用して通勤し、マイカーで通勤したことはなかつたこと。
(二) 本件事故前日である昭和五五年四月一五日には、翌一六日に国鉄及び私鉄のストライキが行われることは必至であると新聞等で報じられていたため、本件食堂においても翌一六日に営業ができるかどうか、従業員のストライキの際の出勤の可否の確認がなされたこと、本件食堂では、ストライキの際は、都庁内のもう一軒の食堂である松屋食堂と相互に順番で営業をする旨の取決めをしていたところ、営業をする順番にあたる場合であつて、従業員の出勤の確保が困難であると予想されるときには、東京都の互助組合に申請して従業員の宿舎を手配してもらうことにしていたこと、前回のストライキの際は、被告会社の食堂が営業する順番にあたつたため、被告会社は、互助組合に申請し、都庁の第二庁舎の地下の緊急の宿泊所で店長はじめチーフコック等の従業員が宿泊したが、今回の昭和五五年四月一六日のストライキ(以下「本件ストライキ」という。)においては、松屋食堂の方が営業する順番にあたつていたのみならず、ストライキが実行された場合には都庁の職員その他の食堂利用者も減少するため、被告会社は宿舎の手配もせず、最低限営業可能な従業員が確保できれば、メニューを減らすなど営業内容を縮小して営業をするが、その程度の出勤も確保できないときは営業を休むことにしていたこと、
(三) 当時本件食堂にはパートタイマーを含めて約二〇名の従業員が従事しており、そのうち厨房関係で働く者は一〇ないし一二名くらいで、さらにコックはそのうち七ないし八名くらいおり、洋食、和食、中華、日本蕎麦、喫茶を各自分担していたこと、被告小林は、チーフコックの益子実及び調理師の資格を持つコックの新井某とともに洋食を担当していたところ、右新井は、本件ストライキの前日において、既に翌一六日にストライキが実施されても出勤する予定であつたが、被告小林の同期で和食を担当していた若林某は、ストライキが実施されたときには出勤しない旨チーフコックの益子に言つていたこと、被告小林も、本件ストライキの前日益子からストになつたら来られないだろうと聞かれた際、当然来られない旨答えていたが、終礼に際し、益子から優先的に女性は休むようにとの話がされたため、当時見習いコックであつた被告小林は店に貢献したい気持ちから、ストライキが実施されても何とか出勤する旨益子に申し出したこと、被告小林は、これまで叔父の田口から加害車両を借用したことはなく、また大工である同人が加害車両を使用するか否かもわからなかったが、ストライキの前日である一五日夜、叔父の田口に電話でその所有する加害車両を貸してほしい旨連絡してその了承を得、翌一六日の朝は通常より一時間以上早い午前六時前に自宅を出て、車で約六分程かかる田口の家に行き、そこから加害車両を運転して出勤したが、不案内な道路を走行して来たため定刻より遅れて本件食堂に到着したこと、
(四) しかし、当日の私鉄ストライキは朝六時一〇分に中止指令が発せられ、各私鉄とも中止指令後三〇分以内に電車は動き出したため、本件食堂の従業員はパートの女性も含めて電車またはバスを利用して平常の出勤時間の午前九時までに出勤していたこと、被告小林は、出勤後、益子に出勤の遅れた理由を説明し、加害車両の駐車場所を尋ねる等して加害車両で出勤してきた旨申し出たが、T・B・Sゴルフに勤めていた際のように、出勤にあたつてのガソリン代が請求できるものとは思わず、自ら負担するつもりでその請求もしなかつたこと、
(五) 本件食堂では、通常でも私用車で通勤している従業員はおらず、全員バスか電車で通勤しており、さらに営業上も食品材料は納入業者が直接本件食堂に届けてくることになつていたから、被告小林ら従業員において業務上車を使うことは一切なかつたこと、
以上の事実が認められる。
ところで、被告小林は、本件食堂の管理職であるチーフコックの益子実あるいはサブチーフコックの松尾からストライキが実施されても何とか出てこられないかと言われた旨供述するが、前記認定の事実、殊に、被告小林が担当する洋食部門においては既に、調理師の資格を有する新井の出勤が確保されているうえ、今回の本件ストライキでは都庁内のもう一軒の食堂である松屋食堂が営業する順番であつて、本件食堂としては、敢えて本件食堂のある有楽町から通勤時間が一時間以上かかる遠い所に居住する従業員の出勤を要請する必要もなかつたことに加えて、被告小林の右供述は右出勤の指示をした者が益子か松尾かも明確でないなどあいまいな点が多いことに照らすと、にわかに採用することはできない。また、被告小林は、本件ストライキの前日、チーフコックの益子に対し叔父からバイクを借りてでも出てくると言つた旨供述しているが、前示のとおり、被告小林が田口に加害車両を貸してほしい旨電話をしたのはストライキ前夜の昭和五五年四月一五日の夜であり、それまで、被告小林は、大工をしている田口が加害車両を仕事に使うかどうかもわからず、また、これまでに田口から加害車両を一度も借りて乗つたことがないこと等の事実に照らすと、本件ストライキ前日の昼間のうちに田口から加害車両を借りて乗つてくる旨益子に申し出たとの前記供述も、またたやすく採用することができないものといわざるをえない。
他に右認定を覆えすに足りる証拠はなく、また、本件ストライキ当日被告小林が加害車両によつて通勤したことについて請求すれば被告会社からガソリン代が支給されうるものであつたとか、被告会社あるいは被告小林の上司が被告小林に対し加害車両その他の私用車による通勤を命令、指示若しくは容認したと認めるに足る確かな証拠は存在しない。
2 以上認定の事実によれば、被告会社あるいは被告小林の上司において、被告小林の加害車両による本件事故当日の出勤を命令、指示、若しくは容認したものではないというべく、しかも本件事故は、被告小林が自己の出勤の便益のために田口から加害車両を借りて出勤したのち、勤務先から帰宅途中にひき起したものであつて、被告会社は、本件事故当時、被告小林の運転する加害車両の運行を支配し、これを自己のために運行の用に供していた者にあたるということはできないから、被告会社は、自賠法第三条の規定に基づく損害賠償責任を負わないものといわざるをえない。
また、前示のとおり、本件事故は、被告小林が勤務先からの帰宅途上に惹起したものであつて、本件事故当時被告小林が被告の業務に従事中であつたとは認められないから、被告会社は、民法第七一五条の規定に基づく責任も負わないものというほかはない。
三したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告会社に対する請求は理由がない。
第三結論
以上認定判断したとおり、原告の被告小林に対する本訴請求は一部理由がある限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、原告の被告会社に対する本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官小林和明 裁判官比佐和枝)